息子と過ごした大切な日々

2015年12月17日、21歳の息子が自死。
まだ信じられない、信じたくない愚かな母の懺悔の日々。

予約

病院を紹介してもらったといっても、予約は自分で取らなければいけないし、病院に行くとき、自分の意見書あげるからね、みたいなものだった。ただ、早く診てもらって、最初たけでも、お薬で落ち着かせるという方法もあるから、と言われた。


(保健室で待ってる間に、やっていたPTSD検査の結果は恐ろしい数値だった。)


早速電話してみたが、最初は断られた。新患うんぬん……。

で、ここで食い下がって、無理矢理説明して(求められてないのに)スクールカウンセラーの先生に紹介されて……………。そしたら、

後で折り返し電話しますからと、いうことで一旦切られた。


だめかなぁ……と諦めかけた時、電話が鳴った。

『最短の予約で2週間後ですが、それでも良ければ、』と言ってもらえた。二つ返事でお願いした。


予約取るのがこんなに大変だなんて……


自死者ワースト1の県だからかな……


息子の時、どうして、同じように、必死に動けなかったんだろう…


体裁?

めんどくさかった?


違う……

本気にとってなかった……

息子に、そんな怖いことできるなんて思わなかった。

そんな、変な行動力あるなんて、思ってもみなかった。


息子の性格は、《石橋を叩いて渡らない》だと思ってた。


息子の気持ちが知りたくて、自死願望の人たちの書込み覗いたことがある。


青酸化合物は、夢のような、喉から手が出るほど魅力的だそうだ。


長女は、やるなら、縊死だと思って、やり方検索したようだ。だって、家の造りは、柱も鴨居もないから。


長女を救いたくて、必死になってたが、

心の中では、

《どうしてもだめなら、一緒に逝くかな……》

と、考えてしまう時があったのも事実だ。


お兄ちゃん、お母さん、どうすれば良かったかな……

無理矢理精神科連れてけば、なんとかなってたかな……


今は、もう、何も悩んでないよね……

笑ってるよね……

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