息子と過ごした大切な日々

2015年12月17日、21歳の息子が自死。
まだ信じられない、信じたくない愚かな母の懺悔の日々。

名前

名前を間違えて呼んだ……

次女を息子の名前で呼んだしまった……


『あぁ、ごめんね

間違えちゃった……』


何やってんだか……

でも、久しぶりに呼んだ……

当然、返事はない。

キョトンとした次女が苦笑い………


久しぶりに名前を呼んで、返事はあるはずないが、もっと呼びたくなった。


こっそり息子の部屋にいって

ぼそぼそ名前を呼んだ……


いつも、『何や~』みたいな返事だった。

何かしてると、『ん~?』


ずっと、この部屋で

名前を呼んでたい……


でも、多分部屋には息子はいない…

息子が最期に選んだ場所はリビング。

いつもリビングにいた。

主人は単身赴任だったから、

息子と娘二人と、私、4人でいつも……。


部屋には寝るときだけ。

オンラインゲームにはまってた時は

部屋でパソコンやってたけど…。


もっと、

もっともっと呼びたい……

ずっと、

ずっとずっと呼び続けたい……


そしたら、いつか返事 返ってこないかな……


もっと呼び続けるはずだった……。

うるさいなぁと鬱陶しがられても

まだまだ一緒にいられると思ってた。


『家大好きだったから、まだ家にいるよ……』

こんな事を言われた。

でも、私には息子を感じることは出来ない…

それに、成仏出来てないのか、それも心配になる……


結局、家族にかくれて

名前を呼ぶしか出来ない……


お兄ちゃん、たまには 返事かえしてよ

何や~?って……

長女の闇はまだ深いのかな……

先週の金曜日、長女のカウンセリングの日だった。

前回は、雪がひどく、25分の道が1時間かかったので、今回は、余裕をもって早く出た。


10分ほど、精神科の先生の問診があり、問題なければカウンセリングとなる。

初回こそ、拒否した長女だったが、優しげな女医先生にリードされ、毎回1時間近くカウンセリングを受けている。どんな内容なのかは、命にかかわらない限り、原則私にも秘密だ。そして、今まで報告されたことはない。


多分、急性PTSDは、大分よくなってるんだと思う(そう思いたい)


だけど、睡眠障害、食欲不振、不安感……

心の闇はまだ深いのかも知れない……。


でも、長女も頑張ってる。

そんなに頑張らなくてもいいのに……、と思うくらい……。

高校生になって、初めての夏休み、自分でバイトを見つけてきた!

もう、私はビックリしすぎて、目が点だった……!

通ってる定時制高校は、アルバイトを奨励する学校で、クラスメイトも半分くらい頑張ってるそうだ。触発されたんだろうな……。


家から徒歩5分。お惣菜、お弁当屋さんだった。

接客もある、と聞いて、本当に大丈夫なのか、心配になった。

自分で頑張る、という気持ちはもう、感動物だけど、お兄ちゃんの件から、人の目が怖くて、安心できる人以外目も会わせられなかったのに……。


近所の事情を知ってる(と思われる)息子の同級生のお母さんも勤めてるお店だった。

(なにかと気にかけてくれてるみたいで、もう感謝です)


凄く前向きになってる……

でも、それでも、長女はたまに口にする……

『別に、もういつ終わってもいい……』


お兄ちゃん、お願い……!

妹たち、見守ってて……

早くにお兄ちゃんに会いに行かないように……

お兄ちゃん、ゆっくりゆっくり、待っててね…。

私には3歳上の姉がいる。

同じ東北に住んでいるが、向こうは正社員でバリバリ働いているので、めったには会うことはない(休日出勤も多いようだ)


弟ととても仲が良かった姉は、今でも弟の奥さんのことを許していない。

客観的にみて、弟の自死は義妹のせいではないと、両親も私も思っているが、

姉は言葉では責めていないが、態度で責めていた。


弟が可愛かったのは同じで、気持ちはわかるけど、大切な伴侶を亡くした、そんな義妹に

なんで優しく出来ないのか……とても残念な、なんとも言えない気持ちになったのを覚えている。


そんな姉も、息子の訃報には涙で駆け付けてくれた。

有り難かった……。


でも、姉は 駆け付けてくれただけだった……。

家は狭いし寝具もないし、姉夫婦にはホテルに泊まってもらった。

食事してもらって、ホテルに帰るとき

『明日、何時に来ればいい?』と聞かれた。


いろいろ準備があるから、出来るだけ早く来てもらいたかったが、義兄も一緒でこちらからは頼みにくかった(いろいろとめんどくさい義兄なので)


実家の両親は家に泊まってもらった。

父親がお惣菜嫌いで、とにかく手作りじゃないといけない。そして前にも書いたが、食事が長い……。

人工肛門だから、いろいろと準備が大変。

で、痴ほう気味だから、気に入らなければとにかく、怒鳴る、怒鳴る。


今でも思う……。

もう少し、もう少しだけでも息子とゆっくりお別れしたかった。


姉が少し早くホテル出て、両親の世話してくれたら……

来てくれた方たちにお茶くらい入れてくれたら……


弟の葬儀の時も、そうだった。

しかも、お斎のあと

実家でまた集まってるのに、義兄は車から降りず、そのまま……帰ってしまった。

まるっきり、お客さんだった…。


私は親戚の叔母達から

姉夫婦の不義理と、実家の汚なさを延々と説教されるという、最悪の展開だった。


今回は、息子のために来てもらったこと、それでありがたいと思って、

忘れるよう、努めた。


ただ、私と姉の立場が逆だったら、

早くにきて、食事の準備をして、両親の支度を手伝って…………

やめよう…、ただ、私がしてもらいたかっただけなんだ。助けてもらいたかっただけなんだ。

いい歳して、姉に甘えようとしていた……。


あー、お兄ちゃん、

お母さん、やっぱりダメダメだわ……

会いたいなぁ……

よく、お母さんの愚痴、聞いてくれてたな……

しょうがねーなって、苦笑いして……

また聞いてほしいな……

会いたいな……