息子と過ごした大切な日々

2015年12月17日、21歳の息子が自死。
まだ信じられない、信じたくない愚かな母の懺悔の日々。

遺された本

あまり読書しない息子にしては珍しく、本を2冊購入していた。


買ったはいいが、読む時間も、心の余裕もないようで、しばらくリビングに放置していた。


題名がスバラシイので、ついついからかってしまった。


『なんで、これ?』

『しょうもないな~笑』




結局、息子はどっちも読まないで逝ってしまった。


読んで、欲しかった……

逝く前に、読むべきだった……

息子のような人こそ、読むべきだった……。


肩肘張らず、程よく気の抜けた 人生を、ゆっくり生きて行く

そんな人生もあるんだ、と……。


主人はあまりそう思えなかったようだが、

もし、息子が読んでたら……

(もちろん、私も読んでなければ意味がなかったろうけど……)

何か、変わってたかも………


一袋100円位の乾麺。

俺、三食これでもいいや……と言ったことがあった……。


健康面から、馬鹿なこと言ってないで、と思ったが、息子は やっぱり辞めたかったんだろうな………。

節約していけば、アルバイトでも 暮らしていけるかな……と、ポツリ……。


《いや、厳しいでしょ。》

一刀両断してしまっていた。


息子の引き出しには、

祖父母から(お誕生日おめでとう)の、のし袋に入ったままの現金、

少し早いけど、来年のお年玉も(会える時にと、もうもらっていた。)入ったまま。


財布にも、結構入ったままだった。


何も、何も身辺整理なんて、してない。

日常生活そのまま、

息子だけ、ただ息子だけががいなくなってしまった。


主のいなくなってしまった部屋。

車。

パソコン。

そして、私達家族……。

みんな、みんな 置いていかれてしまった……。


お兄ちゃん、気にならない……?

たまには、気にして、見に来てよ……


会いに来てよ……お兄ちゃん……!

悲しい出来事

予約の取れた病院は、精神科の他にも内科や小児科など他にもあり、清潔そうな新しい病院だった。

(分院として、建てられたばかりだった。)


強面の先生だったが、ゆっくり、1時間以上かけて、私達の話を聞いてくれた。

『私、何も話さないからね』と言っていた長女も、泣きながら、突っ掛かりながらも、頑張って今の自分の気持ちを話していた。


カウンセリングの先生は、女性の優しそうな先生だった。が、こちらは 私が同伴出来ない、ということで、長女の強い拒絶があり、次回に持ち越しとなった。


抗うつ剤ではなく、安定剤にしてもらって、体にあわないようだったら、また考えましょう、と。

睡眠導入剤も、眠れてないと体の不調は治らないからと、少ない量を、更に半錠にして処方してもらった。丁寧に説明もしてもらった。


《これは非常に悲しい出来事です……。

これだけの衝撃的な体験をしてしまったのですから、いろいろな体の不調が出てしまっても、仕方ない事だと思います。

ただ、お兄さんの所に逝きたいというのは、良くない考えです。眠れるように、ご飯を食べられるように少しずつ、頑張っていきましょう。

あと、学校に行きたくなければ、行かなくてもいいでしょう。》


大体こんなことを言われたように覚えている。


(へ、学校、行かなくていいのか?!)

正直、面食らったけど、

もう、主人も私も、生きてさえいてくれたら、笑っていてくれたら、もう高校なんて、どうでもいいや、という気持ちだったので、

学校の先生方には申し訳ないと思いながら、

長女が自分から、行くと言うまで、放置?した。




息子は、今、私達を 何処かから 見守っていてくれるだろうか?


俺の時は、何もしてくれなかった、と怒ってないだろうか?


私の事は怒っててもいい。……当然だ!!


ただ、妹たちの事は 見守っててもらいたい……。

お兄ちゃん大好きっ子だった妹たち……

ほんとに、ほんとに、大好きだった……


お兄ちゃん、今 どこにいるのかな……?


会いたい…

会いたいよ……………

予約

病院を紹介してもらったといっても、予約は自分で取らなければいけないし、病院に行くとき、自分の意見書あげるからね、みたいなものだった。ただ、早く診てもらって、最初たけでも、お薬で落ち着かせるという方法もあるから、と言われた。


(保健室で待ってる間に、やっていたPTSD検査の結果は恐ろしい数値だった。)


早速電話してみたが、最初は断られた。新患うんぬん……。

で、ここで食い下がって、無理矢理説明して(求められてないのに)スクールカウンセラーの先生に紹介されて……………。そしたら、

後で折り返し電話しますからと、いうことで一旦切られた。


だめかなぁ……と諦めかけた時、電話が鳴った。

『最短の予約で2週間後ですが、それでも良ければ、』と言ってもらえた。二つ返事でお願いした。


予約取るのがこんなに大変だなんて……


自死者ワースト1の県だからかな……


息子の時、どうして、同じように、必死に動けなかったんだろう…


体裁?

めんどくさかった?


違う……

本気にとってなかった……

息子に、そんな怖いことできるなんて思わなかった。

そんな、変な行動力あるなんて、思ってもみなかった。


息子の性格は、《石橋を叩いて渡らない》だと思ってた。


息子の気持ちが知りたくて、自死願望の人たちの書込み覗いたことがある。


青酸化合物は、夢のような、喉から手が出るほど魅力的だそうだ。


長女は、やるなら、縊死だと思って、やり方検索したようだ。だって、家の造りは、柱も鴨居もないから。


長女を救いたくて、必死になってたが、

心の中では、

《どうしてもだめなら、一緒に逝くかな……》

と、考えてしまう時があったのも事実だ。


お兄ちゃん、お母さん、どうすれば良かったかな……

無理矢理精神科連れてけば、なんとかなってたかな……


今は、もう、何も悩んでないよね……

笑ってるよね……